キャプテン・イッシー

第10話 you've got a mai 「札幌・時計台下」

 50歳からの入会資格があると勧められたメーリングリストで、3年目を迎えた21世紀の初年のことである。
 日頃から会員の中のその他大勢としてやり取りするメールの中から、一人二人と特徴を捉えてイメージを膨らませてきた人が数人はいる。
 仕事関係の団体の見学旅行が北海道に決まった事から、札幌とその周辺のメンバーに会うチャンスがやってきた。札幌には世界一周したヨットマンの経営するパブもあり、出版されて間もない航海記を手に入れる事も一つの目的として、そのパブへの案内をもお願いする形で、男女二人のメンバーとの邂逅を約束した。
 誰言うと無く、札幌の出会いの場所は時計台が一番相応しいと言う。 出会いはあいさつに始まりあいさつに終わると言われるように、どういう形のあいさつパターンで出会うかの打ち合わせを何度かした。
 時計台の下での出会いは、抱擁と言う西洋パターンにしようと合意した。
 そしてその日がやってきた。 
 良いものである。 心臓の脈動が聞こえるような期待と興奮を味わうのは、何年ぶりだろうか。
 初めての出会いは、良いものである。


第11話 you've got a mail 「ウ〜〜マンボ」

 マンボのゲリラ戦術は先が読めない。  時計台のあるコーナーを基点にして、南北通り、東西通りがクロスするこの位置では四方八方が敵陣である。 街灯の柱を背にしてマンボ探しをするが、杳としてその姿が見えない。 ハイヒールの音、パンプスの響き、衣擦れの音さえも聞き逃すまいと神経を尖らすものの彼女の動きを特定できない。 聞こえてくるのは、時計を飲み込んだような自分の小さな心臓の音だけだある。(チチッ、チチッ、チ チッ)
 戦時中の大陸で、敵の偵察に馬を駆り、コトリとも音を出せない緊張感の中で作ったという秀逸な都都逸がある。(私じゃ無い)  ”鳴いてくれるな 愛しの駒よ 今宵偲ぶは 恋じゃない”    愛馬に伝えたい。偲んで行くのは敵情偵察のためだ。決して、逢引の為ではない。 敵は近い、いなないてくれるな・・・・・・・・・。  なんと粋だねぇ。 マンボ姐さんも偲んで来るのかや・・・。
 まさにその時だった。 黒い皮のコートを着た女性の影が、私の右後ろから脇腹 を抜けて、かわたれ時の時計台に重なる視野の中に現われた。  
  女の声 「ウッ!イッシーさん?」  不意を喰らって、気は動転しながらも思わず私はその影を理解して叫んだ。
 「マンボさん!」  「ウ〜〜〜〜」「 マンボ!」 (まさか?笑い)  コンガやボンゴ、ギロやマラカスは要らない。 ペレス・プラードも舌を巻く、打てば響くような絶妙な呼吸(相手は急いでいたのでやや乱れてはいるが)である。   次の瞬間、取り決めていた袈裟固抱擁でのご挨拶に及びながら言葉が出ない。
 抱擁にはセリフは要らない。 互いに背を叩きあうだけである。(痛い!)
  時計台が口をきけたら言っただろう。  「衆人監視の元で、派手に抱擁とは・・・。 無期徒刑(時計)じゃ!」 
  閑話休題。
 実は事前に、出会った時の儀式的パターンの取り決めをしておいたのだ。   最初のパターンは軽く握手して「初めてお目にかかります」。 しかし、これは 似合わないくらいに上品過ぎる。  次に考えたのが、抱擁である。 抱擁にも二通りあって、「十字固め」と「袈裟 固め」。 二人の背丈の差異を考えて、頭がスッポ抜けない「袈裟固め抱擁」をし ようと、津軽海峡を挟んで双方の意見の一致を見た。  初対面でありながら、旧知の仲。 ほんの刹那の間合いをおいて、次の瞬間に はクロスした両の手が、互いの背中に回っていた。


第12話 you've got a mail 「ルート2の女」

 3年掛けて世界一周に成功したヨット船長がいる。 札幌すすきののとあるビルの4階にそれはある。 彼らがスペイン・バルセロナ港に入る予定日にあわせて立ち寄ってみたが、会うこ とが出来なかった人である。後日事情を訊ねると、当時ワールドカップのマルセーユ会場のチケットがいとも簡単に手に入ったので、観戦出来た分だけバルセロナ入港が遅れたそうだ。
 さて、その彼が航海記を出版されたので、自分の航海記コレクションに加えようと自著との交換を承諾して頂いての行動である。
 誘導してくれるこーたさんは、ビルの近くで待っていてくれると言うので、マンボ姐さんと腕を組んでそこへ急ぐ。  大通り公園は過ぎたのだろうが、記憶が無い。 ルンルンついでだが、でかいテレビ塔の存在さえ忘却の淵にある。  船長のパブを訪れて、目的を達成したので、コータさんの運転で定山渓温泉へ急ぐ。 それはすすきのから約一時間の旅である。
 「後部座席に二人で乗れ」とこーたさんに男の友情で迫られると、それを断る理由が浮かばない。 急ぐという事の代償として、前後左右の動揺は覚悟しなけれ ばならない。  この場では彼女に静穏と安定を与えるのが自分の使命だと自覚 をしてしっかりと手を握って支えてやる。 「そんな歳では、ござんせんよ。貴方こそ旅の疲れで支えが必要よ」とばかりに手を握り返してくる。
 良く見ると「人」と い う字は左右から、寄りかかり支えあう形の象形文字ではないか。 人が信頼し支えあうという行為は手のひらにべっとりと汗が滲むほど素晴らしい事であると知った。  袖摺り合って真近に見るマンボ姐さんは、ペグさん他の名著
「北海道ずっこけ 日記」に著されているように、有馬稲子と木の実ナナを足して2で割り、ルートで開 いたような良い女である事を再確認するに至る。
 ルート2=1.41421356  すなわち、「一夜一夜に一目惚れ」である。          


第13話 you7ve got a mail 「マンハッタン」

  「にぎにぎを 役人の子は すぐ覚え」ってぇな川柳があるが、自分はさしずめこう かな? 「にぎにぎを 好き者の子は 使いたがり」
 マンボ姐さんの暖かい手をにぎにぎして、時には手に汗をかきながら姐さんが 「あら、早かったわね!」と驚愕の声を揚げる位い思いの他早く私の宿泊予定の温泉へ着いてしまった。  どうやら姐さんの傀儡運転手を演じるこーたさんのせめてもの反逆に会ったようだ。一刻も早く手を握る事を止めさせようとの魂胆でスピードアップしたのであ ろう。(筆者の想像。逆だったらワシもそうする。ウッヒッヒッ)
  私の所属する団体の宴会までには半時ほどの時間があった。 定山渓では一番大きいと言われるホテルのロビー奥には程好い大きさのカウンターバーがあった。 カクテルでも注文したかったのだが、好き者(あくまでも酒の 事) の二人ゆえ、火照った体が要求するに任せて生ビールを注文した。  本当は「ボーイさん、マンハッタンを二つ」とカクテルで粋に話を盛り上げたかっ たのだが・・・・・・・・・・・。  オットットットー、今の時期、マンハッタンは自爆テロで鬼門にあたる。  手を握ったくらいで姐さんと自爆するには、男女の機微を知らなさ過ぎると言う ものよ。
 ところがこの男女の機微ってやつをこーたさんが知っていた。 待てどくらせどいっかな我々の前に姿をあらわさない。ロビーの片隅で缶コーヒーを飲みながら、 飽くまでも黒子に徹してくれる。  後日聞いた事だが、あろうことかこのロビー式 お見合いの帰途、こーたさんはアッシー君サービスの他にマンボ姐さんに焼肉を奢ったと言う。
 自分ならこんな時爺様の遺言を思い出し肝に銘するのである。 
 「人間どんなに偉くなっても、決しておごるで無いぞ」
 一方姐さんとの話は弾んだ。  その中で、次のような事を言った。  「主を無くした女性は、意外と若返るのよねぇ。ほら、会員のAさんもBさんも、 綺 麗でしょう」  自分の周辺を見回すと確かに当を得ていると納得した。  この話、姐さんのしめっくりが良かった。
 「私は、まだ主人が居るにもかかわらず・・・・・・・・・・・・・・・」(!? !?!?!)


第14話 you've got a mail  「銀世界」

 予報では「11月6日は北海道東海上を東進する低気圧の影響で、北日本と北海道は昼間は 風が強く雨が降るでしょう。夜に入って雪に変わるでしょう。」
 「ヒャー、意外と痛くないのね」
 歓喜の嬌声をあげたマンボ姐さんの第一声は我が10年来の顎鬚を撫ぜあげたときのものである。 かねてより、予約を頂いて いた三点セットのそれは二つ目である。 第一は時計台下からすすきのまで腕を組んで歩くというものであるが、バリエーションとして手を繋いで歩く・・でも可というものであった。
 この髭は1989年の初夏、ハワイから広島へ向けて国際ヨットレースが開催さ れ、家族で36日かけて完走した時以来生やし続けているものである。  「左の頬を打たれたら右の・・・・・・・・・・・」 思いつくと行動は早い。  左から撫ぜてくれたマンボ姐さんの手を再び取り、右からの愛撫に誘う。  出会ってから実に短い邂逅の刹那、おびただしい式次第に添って進む各行為 全てが滞りなく終わり、いよいよ「閉会の辞」を迎えた。   二人と硬く硬く、熱く熱く握手して、お礼を言った。  「こーたさん、マンボ姐さん ありがとう。さ・・・・・・・・・」        「サヨナラだけは、言わないで・・・・・・・」
  11月7日早朝。 温泉ホテルの窓外は、様相が一変していた。 昨夜来の雨が雪に変り、温泉町は一面の銀世界である。 思い出をそこかしこに蒔き散らしながら男二人と女一人が乗って夜道を辿った車の轍の跡は、何事も無かったように積雪でかき消されていた。 
 「思い出全てを選択」−「定山渓の積雪」−「削除」。  あ〜〜ぁ、消えてしも うた。