第17話 「礼状のお礼」 2002.Dec.4
年賀状の季節が来た。
年賀状を除いて年間何枚のハガキを出したことだろう。 仕事上の手紙はともかくとして、ハガキに至っては出した記憶が殆ど無い。 日々自分とは縁が希薄になるつつあるハガキだが、過去に一枚だけ非常に喜ばれたものがある。 それはテレビが当たったお年玉付き年賀葉書ではない。
これは昔々の話である。
世界で初めて小型ヨットで太平洋を単独横断した堀江健一さんの「太平洋ひとりぼっち」と言う本を手にして以来、海洋文学なる物に興味を持ち、航海記や海の冒険譚の蔵書コレクションに手を染めた。
特に日本では海洋文学なるものは非常に少ないとされていた。 そんな噂の中、わが国の海洋文学の代表的存在として紹介されたのが大正3年2月に発刊された米窪太刀雄著「海のロマンス」である。
序を夏目漱石が書いている。 著者が商船学校の学生の時の練習帆 船航海記を新聞社に投稿連載されたものを纏めた航海記であるが、記述が名文であり、読むほどにロマンスをかき立てられて、その後の海や航海、外国に憧れて商船学校に入学する幾多の学生のきっかけを作った本としても富に有名である。
余談だがこの著者は戦後まもなく国務大臣、労働大臣を歴任したことでも知られる。
さて、この古本屋でも手に入らない絶版とされる本を、手に入りにくいと言われれば意地でも読ん見たいと思うのが人情である。
思い余って雑誌の読者の欄に、「求む海のロマンス」と投稿した。
やがてこれが功を奏して、関東方面のある人から申し出があった。
曰く「老人が悪戯に蔵書していても世の中の役に立つとは思えない。 若い人に読んで頂いて、海や船に理解を示していただき、一人でもファ ンが増える事のほうが、より世の為と思い、貴殿に進呈いたします。」
・・と言う手紙を添えて古色蒼然たる表紙のその本が送られてきた。
名文としてつとに有名な内容にも表現にも感動はしたが、見ず知らずの者にプレゼントしてくれたその人の気持ちに感激した。 その感動の冷め遣らぬ内にお礼の気持ちを一枚のハガキに認めた。
やがてその人から再び手紙が届いた。
活字を目で追いながら感動を覚えつつも複雑な気持ちの渦に巻き込まれていた。
「私は求めに応じて多くの人に蔵書をプレゼントして来ました。・・・が ただの一枚の礼状さえ受け取った事が有りませんでした。そんな折、
貴殿から礼状を受け取り感激いたしております。・・・・・・・・。」
当たり前のことさえ廃れていく世の中で、当たり前のことをして感激してもらって、それが感動を呼ぶ・・・・・・・・・・。
|