2000.Dec.29〜2001.Jan.2

 

 瀬戸内温泉めぐりヨットの旅 

           第一話 「オーナーの事情」

 21世紀を迎えようとする年末のシニア・ヨットの旅は、

20世紀の垢を 洗い流そうとの思いから、瀬戸内の西

域、湯の街別府へのクルージングを計画した。  しか

しそれにはオーナーからの条件があって、出航直前ま

でにヨットの船 底を綺麗に出来るなら・・・との一言が附

加された。  船主のつけた条件は、大抵その通りになっ

てしまうのが定説である。  年の瀬も押し詰まってマリ

ーナは休み、知り合いのレツカーには別口の仕 事が出

来たのでヨットの清掃には付き合えないと言われて、上

架してのクリ ニングは不可能になり、ボートでヨットの周

りをぐるりと回って簡単に掃除 しただけに終わった。オ

ーナーには他に目的があった。  五人も居る子供の一

人が来年受験なので、宮島へ合格祈願にお参りしたい

のだと親としての心情を打ち明けた。  時間を掛けて育

てた別府温泉巡りも、鶴の一声で宮島詣でのクルージ

ング に決定した。  「窮すれば通じる」と言うが、今回は

「休すれば”通”になる」事を学ん だ面白い旅になった。

 日を夜に次いでロングな旅も良いが、半日走って明る

い内に着いた所で湯 っくり骨を休めるのも思わぬ発見

がある。実際に、走り慣れた目と鼻の先に も楽しい世

界があった。

多々羅大橋(生口島-大三島)が見えてきた

生口島垂水港

       第二話 「気侭に使える桟橋」 

 シニア海賊の船は、途中乗船の一人を除いて総勢4人

で12月29日の午 前6時半に、勝手に横付けしていた桟

橋を離れた。  通りなれた因島、生名島、岩城島、生口

島、大三島、音戸の瀬戸、宮島を往復する旅になるのだ

が、途中は臨機応変に場所を変え、お湯を求めて気を

変える事も辞さない気侭なヨットクルージングである。  

 これらの島嶼群の一番手前は縁起の良い事に、湯気

に通じる弓削島がある。  事情に依り、車で来るシニア

の乗組員を迎える為に生口島(本土から3つ 目の島)の

南西にある垂水港へ入港した。 目の前には「ひよっこり

ひょう たん島」のモデルになったとされる瓢箪島があり、

しまなみ海道の多々羅大 橋はそのすぐ南に世界一の

斜張橋と言われる力強い姿を見せている。  この生口

島はしまなみ海道の全島の中でも一番潤っているといわ

れている 島である。昔から耕三寺は西の日光として人気

を保ち、最近出来た平山郁夫 美術館はシルクロードのロ

マンを日本画で表現して堪能させてくれるのでフ ァンが多

いが、美術館の駐車場の周辺の人々は苦情を言う。  夏

の熱い盛りには、絵を鑑賞して帰ってくるお客の為に、運

転手はバスの エアコンを目一杯掛け放しにして待ってい

る。 それがけしからんと言う。  止まっているバスが長

間排ガスの出しっぱなしが許せんと言う。 何となく納

得する住民の苦渋である。  さて、この島には町民の憩

場としての温泉も、入浴だけでもさせてくれ る旅館も

無い。

これは納得いかない。  一方、ヨットハーバーの浮き桟

は、自由に使えて請求書が来ないので、 多々羅大橋

を眺めながら、寛げる唯一納得の場である。

垂水港フリー桟橋

        第三話 「義経の湯」

 中途でやって来たクルーの車を利用して、観光を兼ね

て車で西隣の大三島 へ向けて多々羅大橋を渡った。  

 大三島の大山祇神社は戦と鉱山の神様である。 とく

に昔から戦の祈願に 武将自ら甲冑を寄贈しているので、

全国の国宝、重要文化財の約8割が展示 されている事

を考えても、信仰の厚さが想像できる。  弁慶の長刀も

あれば義経の甲冑もある。 唯一女性の胴着、大三島

のジャ ンヌダルクと称された鶴姫のものだとされている。

 ヒップボーンからウエストに掛けてくびれがあり、そこか

ら胸に掛けてゆ っくりと盛り上がっている。  歴史的にそ

して人間工学的な目の保養をさせてもらった後、小耳に

挟んだ 噂を頼りに温泉を探してみると、たしかにそれが

あった。  男風呂を義経の湯、女風呂を鶴姫の湯と名付

ける才覚は無いまでも、しまなみ海道の本土から4番目

の橋、多々羅大橋が見えるところに「瀬戸内の湯・ 多々

羅温泉」があった。地下1000mから湧き出る塩化物冷鉱

泉の源泉のみを 豊富に使用し、それを沸かした温泉であ

る。  嬉しい事に入浴料が300円、子供半額で有るが故

に地域住民にも愛され ている。  緑色の大小二つのきの

こを重ねたような建物は、ヨットで海から近付くと すぐにそ

れとわかる。  大三島の井ノ口港に艇を置き、歩いて10

分。月曜日は閉館日である。  普段は10時から20時ま

でだが、冬季は水不足のため17時から20時 までのよう

だ。

多々羅温泉

 

 

 

大三島・井ノ口港

       第四話 「味三昧」

 車があるので多々羅大橋を介して生口島と大三島の

ニ島を探訪した。  ヨツトは生口島の垂水港の桟橋へ

繋留したままにしておいて、車で橋を渡 った。大山祇神

社へ参り、スーパーで今夜の食材を買い、温泉に浸か

ってま た橋を渡って垂水港のヨットへ帰って来た。  

このイギリス製の35フィートのヨットは、インナーハル

があり、厚い断 熱材が外気の寒さからキャビンを護っ

てくれている。  火照った身体で、鍋の準備をする。

 最初はシャブシャブ鍋である。  スーパーにはシャ

ブシャブ用の肉は4セットしか残っていなくて、やや

野菜の多い内容になって第一ラウンドは終わった。

 次は、それにふぐや鯛を入れて、きのこと野菜をた

っぷり入れて水炊き 鍋。  まだ満たされぬものを感じ

て、誰の発案かカップラーメンを鍋に入れた。  何とこ

れが良い味なのだ。 肉汁と魚の余韻に野菜からでた

水分が絡み それにシーフード・カップラーメンの合性

がマッチして実に面白い味が出 た。  シャブシャブと

水炊きとシーフードラーメン。一鍋で三ラウンド楽しん だ。

 味三昧。味三味。 

  三色鍋(シャブシャブ、水たき、ラーメン鍋)

         第五巻 「岬の上の清風館」

 むかし風待ち、潮待ちで錨を下ろす北前船から少しで

も良い客をより早く手に入れようと女郎が伝馬船で先を

争った歴史がある。     生口島から大三島の沿岸に

添ってヨットを西へ走らせると大崎上島があり その南西

に大崎下島がある。  ここの造船技術が発達したのも、

女郎の客獲得の一心が原動力となったと言われてい

る。  さて、この島の南東の一角、岬の上に国民宿舎

「清風館」がある。  ここのお風呂はすごい。南に開け

た視野の中で、水平に180度、上下に 120度の展望を

欲しいままに出来る。  島々の間を縫って流れる潮流を

横切る定期船、錨を打って釣りをしている船もある。 

 島嶼群を抜けて外海へ向かう貨物船もある。 カーフ

ェリーが 逆光に消されるその方向にストロボの閃光が

来島大橋の橋脚の存在を訴えて いる。  ヨットやボート

で行く時は、この岬の北300mに存在するカーフェリー

の桟橋を利用する手が最適である。  この桟橋には一

日ヨットを係留させていてもクレームを言う人はこの島に

は居ないようだった。  ひょっとして、国民宿舎の入浴料

には桟橋の繋留料が含まれているのだろ うかと勘ぐりた

くなる入浴料金はお一人様1000円也。  確かに環境の

グレードは高かったが・・・・・・・。

大崎上島、木ノ江桟橋

 

国民宿舎「清風館」から見下ろす桟橋

        第六話 「姥捨て島」

 瀬戸内海にある多くの島々は、殆どが過疎の島である。

場所によれば廃校の跡地を利用してコミュニティーホー

ルとか交流会館とかの名称を名乗る景観にマッチしない

建物がある。  離島振興法でふんだんに予算を計上し

て、振興の名のもとに税金の無駄遣いをしながら建築業

者を喜ばしている現状はあまり知られていない。

 温泉がある島と聞かされてわざわざやって来たのは、

斎灘にぽつんと浮ぶ 小さなまことに小さな斎島である。

 しまなみ海道から西に外れ、来島海峡を通過した船が

松山方面に抜ける海に波に飲まれそうになりながら浮い

ている島である。

 友人がしゃべった体験談を小耳に挟み、くすぐられる好

奇心を闘志の源と して、清風館の温泉から二時間の小

島へやってきた。  なるほど島の北東側に港があり、そ

の東部分にモダンな山小屋風の建物が 他の民家の風

情とは溶け込めずに建っていた。  曇天と北よりの肌寒

い風に押されながらも、やがてホカホカと頭から湯気 が

立ち上る情景を思い描きながら入港した。  おや、「この

島は死んでいるのか」と一瞬思った。 動く物が何一つ無

い。  人間が居ない。犬も猫も歩いていない。  先に入

港した定期船の桟橋に船の関係者が2人、荷物を取り

に出てきた老人が二人。 この島で一番若い人と言われ

たのは70前後のおばァちゃんで ある。  聞くと、総人口

は32人だと言った後訂正した。今年4人出て行ったから

今は28人だと言う。 正月でも子供達が帰省して来ない

そうだ。  行政的には、北の広島県豊田郡豊島に属し、

モーターボートなら3分の所 にあるのだから、さして難し

い訳ではないが、帰ってこないそうだ。  この人口の島

に3億円(1億円?)もの交流館を作って、冬季以外の運

営 である。  今日は風呂に浸かれないのか聞いてみた

ら、28日で仕事収めをしたので 正月あけまで係員が居

ない。  せめて鍋でもして温まろうと思うが、なんと店が

無い。この島で金を出し て変えるのは、交流館まえの一

台の自動販売機だけだと言われた。  冬の日暮れは早

い。 対岸の豊島まで行くにしても明るい内に入港は出来

ないので諦めた。  艇長が残った材料だけを使ってマジ

ツク鍋をやれる心積もりがあるので、 15分間はキャビン

に入らないようにと言って、他のクルーと二人で消えた。

 頃は良し、ビールで乾杯してワインとチャンポンで鍋を

つつく。  カレー上のドロドロのスープの中にスライスハ

ムが浮いている。他には堅 めの丸い麩のような物がある。

 食べてみるとやや甘酸っぱい。 全体的には互いが味

を主張しながら喧嘩 しているような感じで、美味しいもの

ではないが食べられない事は無い。  後で知った秘密の

レシピは、カレー、スライスハム、野菜それにバナナで あ

った。  熱が加わっているだけに、温まるという初期の目

的は達成するものの、店が無い風呂が無いテレビが無い

のないないづくしでは時間が有り余ってしま った。   

 酒の酔いを借りて早々と眠る事にした。

 午後7時過ぎの就寝である。  あまりにも早く寝たので、

この夜は2回も目が醒めて、寝付くのに難儀を してしまっ

た。  その度に焼酎を口に含む羽目になり、飲みすぎの

就寝であった。  風の音、波の波動が船を揺すぶり、時

をずらして代わる代わる皆も起き出 して来てモゾモゾ、

ゴソゴソとうるさい。

岬の上の国民宿舎「清風館」

 

 

 

 

 

 

 

 

清風館の展望浴場と露天風呂(ここからは来島大橋が望める)

     第七話 「音戸ロッジ」    

 いつも通る音戸の瀬戸は狭隘なるがゆえに危険である

が、それ故に見る側 も好奇心を持って船舶の通過を見

守っている。  

 昔、平清盛が地峡であったここを掘削して水路を開いた。

 「日輪さま、帰し給え」とか叫んで沈み行く太陽を呼び戻

して工事を間に合わせることが出来たと言い伝えられてい

る。

水路を見下ろすように岬の上に立つ国民宿舎「音戸ロッ

ジ」は息の長い宿舎である。  対岸の倉橋島側の桟橋に

繋留させてもらって(勝手に)タクシーを呼んだ。

 音戸の瀬戸を跨ぐループ橋を渡ってロッジまでは500

円である。  お風呂だけの利用では350円。  

 松山方面へ向かう水中翼船、ジェットフォイール、カー

フエリーや貨物船 がひきもきらずに行き交う。ここは船

舶銀座だ。  今一度、お風呂のガラス窓を通して、自分

のヨットの航跡を想像でたどる 事も出来る。 絶景なり。

 食堂に入れば、昔の軍港の呉だけにコーヒーは「海軍

さんのコーヒー」とビールは「海軍さんの麦酒」と名付け

た地ビール4種を楽しむ事も出来る。

 倉橋島には桟橋から遠くないところに大きなスーパー

マーケットがあるの で、今夜(12/31)と明日の食材を

ふんだんに買い込んで来た。  ここを外せば、宮島まで

肉や野菜の買い物の出来る場所は無さそうなので 風呂

と買い物の出来る良い場所であると言える。

倉橋島桟橋・音戸大橋の右に音戸ロッヂが見える

    第八話 「大晦日はエンジンオイル鍋」   

 宮島の定期航路の桟橋へ横付けしたら途端にスピー

カーから「そこへ繋留 したらいけません」と怒られた。

 ここが駄目ならもう少し奥へ・・・と変な理屈をつけてよ

り岸に近付けた らおっちゃんが飛んできた。  交渉の結

果、潮が引いたら座礁しそうな所を差して、「ここならええ

ど」 と許してくれた。  再度事務所で交渉したら、「金を貰

って何かが起きたら嫌じゃけぇ、もう ええ」と愛想の良いお

ばちゃんは繋留料を只にしてくれた。  測深儀で計ってみ

ると適度の深さはある。 ここに今晩の停泊の場所と定

めて、大晦日はここで特別な鍋をつつく手筈が整った。

まず宮島に上陸して、そぞろあるきで正月を迎える厳島

神社とその周辺の 状況探索に出た。  ホテルで交渉し

たら、お風呂は泊り客のみしか利用できない。23時45

分から、厳島神社の渡り廊下が開門されて通行が許可

になる。それを目指して何百、何千人の列が出来る事も

解った。  では、それまでに、豊富な食材を使って特別

な鍋をつつく事に決定して、 北風にさらされたヨットへ帰

って来た。  車同様にヨットにもしめ飾りは取り付ける。

キャビン内にもミニのしめ飾 りが吊るされてあった。  

大晦日の鍋はやはり年越しソバである。 ところがダシを

摂ろうにもこん ぶが無い。 ふと見るとミニしめ縄のこん

ぶが丁度よい大きさなので、これを使うことにしてハサミ

で下半分を切りとって鍋に入れた。  ダシが出たところ

でオーナー自らが麺つゆをその鍋に入れた。  スプーン

で味見をするところは板についている。  

「んっ?!」 オーナーキャプテンが味見で飲み込んだ

だし汁の味に違和 感を感じて、もう一度麺つゆの瓶に

目を落として叫んだ。  「誰じゃ、この瓶をここへ置いた

のは? こりゃーエンジンオイルじゃね ぇか」

 エンジンオイルを入れ替えた後、余ったので麺つゆの

瓶に入れておいたの だと言う。 偶然か、オーナーの好

みなのか、今回も年越しソバ用に同じメ ーカーの同じ製

品を選んでいた。有らぬ事に、買ったそれを、エンジンオ

イルを置いた棚の極近くに何気なく転がしていたのが間

違いの遠因である。  事情を知らない他の人が仮に間

違えたとしても罪は問えない。  かくして別の鍋で特別年

越しソバを堪能して、初詣の長蛇の列に身をおい た。  

21世紀は何かが起こる予感を感じながら・・・・・・・・。        

 

ライトアップで夜空に浮ぶ宮島の五重塔

  ライトアップで海に浮かび上がる大鳥居

夕焼けの宮島桟橋