2000.09/05〜2001.04.24

 

                                   4/14 受信

 

皆様、いかがお過ごしでしょうか!? ぽかぽかの良い天気になったり、あられが降ったり、、 もうすぐお別れのランゲルで、出港に向け、毎日少しずつ、 メンテをしている山下です。 日本は、命ある限り、又帰って来るつもりですが、 旅で訪れる場所は、今度、又いつか、来る事ができるかわからない面があるので、 それを思うと、今回は身を切るような思いでもあります。 尻、、もですが、心に根がはえてしまったのかもしれません。 心にはえた根を引きちぎるって、どんな感じかな、、、。 自分の心の断片を残して行くような、、、 つい、そんなあまッちょろい事を考えてしまいます。 出港の前、「この悲愴感を全身で味わいなさい、、」船長の言葉どうり、かみしめて 味わいましたが、今回は、その時とは又違うけれど、それなりの物がありそうです。 悲愴感も、こんな思いも、航海が無事終わった時はきっと、宝に変質しているんじゃ ないかと思えます。 それらの気持ちの向こうに広がる、満々と水をたたえた海、、。 こちらの気持ちや都合等とは全く関係なく広がる、大きな海、、。 「もし、海に嵐がなかったら、君は海に出ないでしょう!?」 一昨年の沖縄訓練航海を終え、無事帰り着きはしたものの、 連続した台風とのニアミスの航海で、充満した恐怖が心の中で増幅し、 勇気を完全に見失っていた時、そう言われた事がありました。 僕はその嵐が怖くて、こんなに、、、。と思っていましたが、 やはり、海は分らないからこそ、海なのかも(出てしまうのかも..)しれません、、。 今回の旅の目的は、ヨットでの旅行や、目的地につく事、、ではなく、 今の自分から、勇気を出して一歩を踏み出し、歩き続ける”事、、。 旅に出た頃は分らなかったけど、 僕にとってはスナフキンのようなブレイブマンの問いかけが、 もしかしたらひとつ、見えたかな、、。 春の訪れとともに、そんな気がした今日この頃です。 今日の写真は、以前船長のホームページに乗せて頂いた事がある、 トレーシーアームの流氷の、予告付きだった第2弾、大きな流氷です。 トレーシーアームの狭い水路を、焼そばを食べながら通過中、 この流氷とすれ違いました。 ピーターズバーグ前のランゲルナロウという水道は、潮が6kt流れる川の様に細い 海が20マイル続くのですが、別の氷河から流れて来る家一件くらいの流氷が、時々 流れて行く事があるとのこと。 僕達がその水道を通過の時は、途中からしばらく霧が続き、視界が30メートルくら い、すぐそばの対岸もブイも見えず、レーダーに助けられながらの航行でしたが、あ の水道をでかい氷が流れるのか、、と、考えたら凄いとしか言い様がありません、、。 スケール感が分かりにくいので申し訳ありませんが、高さはあまりないですが、 そのへんのアパート以上くらいの大きさがあり、中型の漁船は、アパートに対し、 ワゴン車くらいの大きさって感じでした。 では今日はこの辺で、、。 地震はその後大丈夫でしょうか!?

  ”オリハルコン” 山下 健一   kens-sea@d7.dion.ne.jp

 

2001.3/16 受信

今日の写真は、その時(一昨年)の沖縄の帰り、日振島で知り合った友達と、ゆうみ の、つかの間の再会シーンです。友達とはその後、手紙のやりとりをしていたような ので、太平洋を渡る前、再会させてやりたい、と思い、寄港しました。 再会したばかりなのに、翌日にはアラスカ迄ヨットで発たなければならない、ゆうみ をみて、子供ながら、お互いの複雑な表情が印象に残りました。 タイトルは、「せつない時」です。                
 

                  2001.3/16 受信

もう一枚は、アリューシャンで出会ったニュージーランドセーラー家族の、ゾイーちゃ んとゆうみ。この家族は凄い人達で、その後、お母さんとゾイーちゃんは乗らなかっ たけど、お父さんと息子は、なんと、北極海に入り、バフィン島迄の北西航路と呼ば れる氷の海を航海し、いま、又家族で合流し、大西洋あたりにいるようです。 船も20メ−トル近くあり、でかいけど、やる事もでかく、なんとも凄い家族です。 この前メールが来て、日本のテレビの取材を受けたといってたので、テレビで見る事 があるかもしれません。 では、今日はこのへんで、、。        山下健一  
 

上 架   (2001.3/1 受信)

お陰様で、バッチリ復活する事が出来ました。 ランゲルの小学校は、パソコンには力を入れ、専門の先生も何人かいるのですが、 その先生もさじを投げたので、ここからどうやって修理に出したらいいのか、 場合によっては日本まで駄目もとで、送ってみようか、、なんてかなり重傷モードで した。 しかし、深夜の坂井さんのレスキュウ活動のお陰で、復活する事が出来ました。 引っ越し等、とても忙しい中をついての救出劇で、坂井さんに今回も無理をさせてし まいました。こちらの先生のリアクションから、日本語仕様のパソコンをどう修理に 出したらいいか、又、搬出中の事故もあるかもしれないし、お先真っ暗でした。 それから、田代さんに心配頂いてました、アンカーウインドラスですが、 手動式のものとバウローラーを注文し、デッキ裏側を補強して取付けも無事終わりま した。 舵の件や、見送り等、何かとお世話になりありがとうございます。本は久光さんに頂き、とても感動したので、 凄く楽しみです。 ところで、オリハルコンを上架?というか、大潮で潮が引いた時、わざと座礁させ、 船底のチェックとメンテを行いました。 ビルジが多いので、早めにチェックすることにしたのですが、北海道の片岡さんや、 大沢さんには色々と心配をおかけしました。 いつも申し訳ありません。 結果として、僕の目で見る限りの損傷は発見できず、ホッと一息でした。 しかし、今後とも安心せず、チェックをして行きたいと思います。 今回は、まだ船底はほとんどきれいなままでした。 (中国塗料シージェット使用) 潮が引いている間に、水線付近の掃除、ペイントの増塗り、舵や、キール取付け部と 船首付近の損傷のチェック、ジンクの取付けを行いました。 ついでに、これまで壊れた装備類について報告してみます。 風向、風速計  水深計 (オークベイでデジタル部を購入、取り付け) スピード計 (ぺラの折損と配線) 風見 (なぜか、心棒は無事で、プラスチックのアローがくの字に曲がってしまった。) エンジン、セルモーター (取付けブラケットの金具のゆるみによる接触不良が原因で、解決) トイレ (部品の消耗、交換) ハリヤード、リーフライン (カット、交換) レイジ−ジャック (補修) デジカメ、 (ファインダーの故障) 腕時計 (竜頭が引っ掛かり、浸水、現在予備を使用) パソコン (坂井さんが解決) ウインドベーン、ペンデュラムラダ−、風向板。 (ペンデュラムは、出航までに注文の予定、風向板は、予備あり。) 今のところ、この程度で助かっています。 その他異状としては、船内バルクへットなど、キャビンの木材が、 部分的に、湿気、というより水により痛んで来ている部分あり。 こっちに着いて手を加えたところは、先のウインドラス関係。 キャビンに、本棚増設。 出航までに、アンカーをひとつ追加する予定。 (現在、ブルース15k,フォートレス37、同55) ジブも、強風時はファーラーを使わず、ストームを使う事が多かったので、 そんなには痛んでいなかった。 フルバテン、3ステッチのメインセールも健在です。気に入っています。 4pリーフとバテンカーの組み合わせは正解で、随分、吹いた時のリーフ作業で助か りました。(これらがないと、僕達だけの力では、どうなっていたか自信無し) 無線はアイコム、gpsはマゼラン、フローチィングハ−ネスはプラスチモ、 洋上での調理は、コールマンのガスボンベ、全てグッドでした。 充電に関しては、航海灯だけで不足ぎみ。無線の時は前後にエンジンでバックアップ。 オートパイロットはオートヘルム社製、st4000x1,同gpx2,をローテーションで使 用、 (特にgpは強い!しかし防水の工夫をしないとモーターがさびる) 走り方としては、セールの大きさやバランス、組み合わせを、オーパイやベ−ンにあ わせる。(すぐ外に出れるよう、ハーネスは付けたまま寝る。) セールは小さめ、 荒れて来たら、陸地などの問題がなければ進路はあまり気にせず、波と相談して走り 易い方に走る。追っ手では、ロープを引いて走る。 波が変に悪い時は、手で舵を持つが、基本的にほとんど自働操舵で、体力を温存。 漂泊の手前くらいの海しょうでも出来るだけセールは下ろさず、 ウインドベーンに、強風用べ−ンをセットし、 風が変わっても気にせずストームセール 一枚で走らせ、コクピットに出るのは調整の時だけ。 (それも結構大変) スピードが出過ぎ、走れなくなったら、まずヒーブーツーぎみに流す。 岸近くは、ほとんどオーパイ、(状況に合わせ、3〜8時間で交換) 時化の時はモーターが熱を持つ前に交換。 ワッチは、航路筋では、10分に1回外を確認。 (よる、水平線に他船の灯火を確認して、すれ違うまで、15分。) 外洋では、夢遊病者の様に、15分に一回を徹底。 嵐の時漂泊中は、寝る。 色々、思いつくままに書いてみました。 ヨットに乗らない人には、ゴメンナサい! ・・写真を二枚送ります。 一緒に写っているのは、僕達がこのランゲルに来るきっかけとなった、フランク&リ ンダ夫妻。 上架は手を取るので黙っていたが、日暮れ前に尋ねて来てくれた。 タグボートツアーを営むクリンキットインディアンのフランクは、まさしく酋長的存 在。 干満の差を利用して、船を一本足で立て、船底のメンテとチェック。 グリットの横木の間隔が、ラダーに干渉しないか心配で何度もチェックしたけれど、 片岡さんのアドバスどうり、前後を固定して無事完了し、ホッと一息。 夜中の一時の満潮で、又元の桟橋に帰るためエンジンをかけて外に出たら、 そこにはフランクの顔。何もいわず、様子を見に来てくれていたのだ。 無言の中、海の男の友情を感じずにはいれれなかった。              

 ”オリハルコン” 山下 健一   kens-sea@d7.dion.ne.jp

 

整備を手伝う友人 (2001.3/1 受信)

 

ランゲルの氷の上(2/21受信)

 先日、ランゲルで水産工場をされている日本人の方(今はシアトルに住まれている ので、シアトルとここをいったり来たりされています)が、シアトルからお土産に、 ダイコン、ごぼう、カボチャ、こんにゃく、ちりめんじゃこ、と日本食や日本のTVマ ンガのテープ等、日本のものを沢山頂きました。日本を離れて始めてのものもあり、 皆大喜びです。 優美の好きなきんぴらごぼうをつくり、大喜び! 碧は、ちりめんを学校のスナックに持って行きました。  そろそろカニが入り、工場が忙しくなるようです。工場の見学をしても良いよ、、、 との事です。  もう2月も下旬に入り、そろそろ春の声も聞こえて来るのでは無いかと思いますが、 いかがでしょうか?少し日射しに、春を感じるような気がします(アラスカの春を知 らないのですが、、、)春に、白頭鷲が来るようですが、今年は暖かいせいか?今も ハーバーにいます。先日は、海鳥にパンをあげると、その海鳥を白頭鷲が追って、飛 んで行ったようです。  相変わらず、港は凍っていますが、、、。 碧航が港の氷の上に立った写真を送ります。優美も立てましたが、主人が乗ると、バ キッ!と、、、いったようです。 最近デジカメの調子が悪く、写るのですがファインダーの中が壊れて、覗けなくなり、 構図が決めれなくなってしまいました。 特にズームを使った時は、全く構図が分りません。  バレンタインデーは、私も始めてのバレンタインのチョコを(碧のクラスの皆より) 頂きました。  23日に広島ホームテレビで放映との事、御連絡ありがとうございます。MLリスト 以外の方に連絡したいと思います。  先週より、子供達はネイティブのクラス(学校とは別)に参加させて頂いています。 ビーズ、踊り、言葉、等をネイティブの子に教えるクラスのようです。  今回は、日付けの設定をしたのですが、、、届きます様に、、、。   2月19日午前    優子
 

       「コデイアック」 女房とライアンの船です。

                            2001.2/11受信

イッシ−船長、坂井さん、皆様、いかがお過ごしでしょうか!?

ハウステンボス近くの鹿子前では、藤村さんの世界一周艇希望号が、船検等の法的問 題で沖縄から出る事が出来ず、金策しに、藤村さんが本土に戻った間の台風で沈ん だままになっていたのを、鹿子前の資料館?のかん長がお金をかけてサルベージ し、そこ迄持って来て、有志の手によって大修理して 今、その資料館?(僕はその 前に一度行きました)の前に飾り、子供達、一般に触ってもらっているとの事でした。 僕はその話を聞いてとても感動しました。
  船を買う事と手放す事、、をテーマに、廿日市の木材港と広島を舞台にした小説が、 何年か前に出ましたが、自作の場合、より感慨深いのだろうな、、、。
  船長は、どんな名艇を尋ねてみたいですか!? 世界から帰って来た船は、その目的のためにつけれれた艤装品や風びょうから、乗 り手の思考も想像出来るし、遠い海のロマンを感じずにはいれれません。
  ところで、、 夢丸、太平洋横断用にデザインされたスペシャルボートと思っていましたが、 違うんでしょうか!? 低緯度の時化で、舵もハルも壊れるとは、、。 僕達も滝本さんの様に、何かあった時命を持って帰れるか、、正直不安です。
  でも、かといって、もう陸でじっとしている訳にもいきません。 あんな目にあったら、どんな気持ちになるのだろう、、? ぼくももし、あの時の嵐でトラブッていたら、、もし生きて帰れたとしても、 目には暗く重い海が焼き付いたままになる気がします。 できれば、いやなんとしても、子供の心は特に太平洋の大きな波や、碧で染めて帰り たいです。 ぼくの器では、滝本さんになんて言って良いか分らず、、です。でも きっと何も言わなくても良いのでしょう。あった事はないけれど、 共に太平洋を旅してる”者同志だし。 オリハルコンだって僕達だって、まだ旅はこれからです。
  時化と言えば出航前、気象faxをばらしたり自分で勝手に造ったりできる船長に対し、 電気やメカまるでド素人の僕が太平洋を渡るんだなと、その違いを感じ、こんなんで、 海の神様は怒らんだろうか!?とあの時はほんとに不安になったのを思い出します。 あの時のメールでの会話や、やっと買った腕時計を海に落とした時、命でないから良 いではないか!?と笑い飛ばして頂いたのはずいぶんありがたく、気持ちが明るくなっ たのを今でもよく覚えてます。
  滝本さんにしても、僕達にしても、出航する前と帰って来てからは多くの先輩や仲間 の応援の中。出てからは、夢でまで見た青い海原と、嵐の海を身体で感じる事ができ る、、。
  出航前、海の神様に、夢の中でひとこと聞かれた気がしました。 「どういう気持ちで、海に出るのか!?」、と。 そう。いつもそれらのことを思い出すことが、唯一、僕達の流儀。          (ただ忘れっぽいので、毎回思い出す作業が必要) そのこだわりが、海の碧へのこだわりと思っています。 目標は、まず次のレグを無事こなす事、最終的には、オリハルコンの船体も僕達も、 パシィフィックブルーに染まり、色褪せず、日本に帰る事。 日本に帰ってからも、海との付き合いを止めない事。 ほんと、オリハルコンをブルーに染めて帰りたいです。

 

                  「大陸到着!」

                             2001.2/11受信

コディアックから、無風、微風の中、アメリカ本土を前に

し た時のものです。タイトルは、「大陸到着!」としてい

ます。

 

 Iceは、トレーシーアームの小さな流氷Part2です。    

                 2001.1/23 受信

年末までのランゲルは、とてもロマンティックでした。 ハロウイン、サンクスギビング、クリスマス、ボートパレード、カウントダウン、、。 どの家々も、ライトアップ花盛り。 庭の木々や、屋根まで、きれいに光をまとって、長い夜の生活を美しく、豊かに過ご す事をとても大切にしている感じで..。 ここの森の木々は、まさしく本物のクリスマスツリー。 凍結したそれらの木々のシルエットに、月で、少し明るくなった空..。 たくさんいるはずの熊も今は雪の下で眠っています。 憧れだったスプルースの森の夜の姿、、。なかなかのものです。 街には、ほとんど雪はないけれど、ちょっと裏の山にはいると、天と地ほどの雪の量、 、。おとぎの国まで続いていそうな凍結した深い森に迷いこんだら、狼がたくさん出 て来るのかな??  テレビアニメ『ム−ミン』(初代)の、「おおかみなんかこわくない」だったかな、 、や、冬のおさびし山のシーンを思い出してしまいます。 だいぶ、準備〜今までの疲れが取れて来たところへ、オリハルコンの命を感じるか!? と、ブレイブマンからの声、、。 そう、オリハルコンは体の一部、、。 (オリハルコンは僕達を守り、僕達はオリハルコンを守る、、。) アリュ−シャンあたりから、ビルジが目立って多くなったオリハルコン。 重いキールをぶら下げて、腹痛でも起こしたのだろうか、、。 ビルジをコップで飲んでみると、薄い塩味、、。おそらく大丈夫とは思うけど、、 冬の間は、オリハルコンに添い寝して、腹でもさすって様子を見ようと思います。            

”オリハルコン” 山下 健一   kens-sea@d7.dion.ne.jp

 

碧航の持っているのは霜の結晶。  

                2001.1/23 受信

 
 

12月のランゲル

                    2001.1/23 受信

 
 

          フィッシングボート

 

 

 

 

 

 

           クジラの尾鰭

                      (2001.Jan.2受信)

 皆さんお変わりありませんでしょうか? どんなお正月を過ごされましたか、、、?  こちらはまだ2日ですが、今日から学校も始まり、お正月気分は全然ありません。 1月1日だけお店などはお休みでした。31日の大晦日の夜には花火が上がりました。 碧の担任の先生のお宅にお邪魔してみせて頂きました(先生のお宅は高台にありとて も見晴しがいいのです)。夏の花火大会は見れませんでしたが、冬にきれいな花火が 見れました。    それから、快適だった陸の家ともおさらばして、又狭い船の生活に戻りました。 久し振りの陸での生活、それにこちらの家は、とてもゆったりとした造りで、お借り した家は、台所も広くとても使い易く出来ていました。 この船の生活の後は、住み易い家が良いね、、、とみんなで話したのですが、、、日 本に帰ってどうなるか、、、、?  今から帰ってからの事を考えると、頭が痛くなりそうなので止めます。今はここの 生活を楽しみたいと思います。    BS朝日の放映もはっきりしたようで一安心です。 間世田さんいつもありがとうございました。                   皆さんの反響が気になりますが、、。 船外のカメラが途中から映っていなかったようで、嵐の海が取れていなかったのが残 念です。  皆様お体に気を付けられて下さい。  2001年も、皆様にとって良い年になります様に、、、。            1月2日午後11時      優子 12月になり、ようやく、オーケストラのなつかしい響きが帰って来た感じです。 秋に、海老の炎”がキャビンに上がった話はお伝えしましたが、長くは持たなかった その炎を時々思いだしながら、、冬のアラスカで、胃と心の空白はどこ迄広がるのか、 、、とセンチメンタルになりはじめていたのですが、夏のあのにぎわいが再び、僕達 の胃にも帰って来てくれましたので報告致します。  今、アメリカの漁船に興味を感じている僕は、大晦日の夜花火に誘って下さった先 生の紹介で、地元の漁師さんの船で一泊どまりの海老漁に連れていってもらいました。 すこし時化た海で、共に網を引っ張り、2日間だけど、同じ釜の飯を喰う機会があっ たのです。  彼等はたこを食べる習慣がないらしく、海老に混じって上がって来るタコはみんな 海に捨ててしまいます。 僕がタコが好きだと知っている彼等は、タコが揚がる度に、頭をひっくり返して、 「ほら、ケン!いいタコだぜ!!」と、トロ箱に投げ込んでくれるので、すぐに食べ きれないほどのタコをキープする事が出来ました。  漁船も、風景の中で絵になるデザインです。船令50年とは思えない、54フィー トの素敵な船でした。  いま迄、ヨット以外の船には、全く興味が湧かなかった僕ですが、アラスカの海を 旅していて、何度も、アラスカのダイナミックな自然に溶合う漁船を目にし、心奪わ れる事しばしばでした。太平洋迄は渡れないけれど、お金を生んで、暮らしていける のも、ヨットにはない魅力、、。  船内もアメリカの家と同じくとても快適で、遊び心にあふれ、目からウロコが落ち る思いです。 漁師さん達はロックや、カントリーミュージックをがんがんかけて、楽しそうに仕事 をします。(日本の演歌のイメージとはかなり遠い感じです。)  オーナースキッパーのライアンは、陽気だが、どこか品のある33才。 メインキャビンの壁には、若き日(今も!)のイッシ−船長と同じく、ドーン!とプ レイボーイの大きなグラビア美人!。紙一枚ながら、ダイナマイトの迫力、、。 クルー2人も同年代だったので、見かけはともかく、僕が一番おじさんでした。  そんな彼等と、彼等の生活の拠点となる海に触れた二日間、透明な空気の中のダイ ナミックな自然、ダイナミックな仕事、大きなカニや海老、竜宮城のような海、、  彼等はアラスカの海そのものだ、、、、。 今回も、アラスカの人と接して、アラスカの自然に触れた時と同じものを感じました。  生活に必要な食料や資源を、ほとんど輸入や流通に頼っている日本に長く暮らして いたら、流通社会の掟や価値観、常識が、当然体の隅々迄行き渡る。 だから、たまに、その体で大きな地球を見たりした時、自然と自分を別の物ととらえ てしまうのも無理のない事、、、。  ここも文明の暮らしではあるけれど、これだけ圧倒的な自然に囲まれていると、 どっちに染まるかって言うと、文明の暮らしであろうとなかろうと、心は地球色に染 まらずにはいられないのかな、、。  ・・漁が終わり、船がランゲルにつくと、桟橋は長靴の七分目くらい迄雪が積もっ ていました。 少し先に泊めているオリハルコンも、こんもりと雪化粧です。 女房を呼んで来て、ライアンが持たせてくれたおみやげを、2人で船迄運びます。  「ケン!うちの船の冷凍庫はいつでもウエルカムだ。こっちのタコと海老も入れと くから、それが無くなったら、また取りに来てくれ、、。」 ・・自然が豊かゆえに..!? 魚屋の無い南東アラスカ...。 「海老の炎」..、以来の”僕達の背中に、、 竜宮城からの使いのような、ライアンの声、、、。 P.Sアラスカのオクトパスは、最高の味でした。海老よりも、サーモンよりも、、。 魚以外の魚介類に飢えていたのかな、、、? 牡蠣も、カナダでは凄いのがいくらでもあると聞いていたのに、ここは、野生の物も ありません、、。冬の楽しみが、少女が擦るマッチの様に..1つ消えていきました..。 えびは、「ぼたんえび」という名で、日本に送られるようです。 この前は、碧航の先生のお宅で、ムースの肉を使ったハンバーガーをごちそうになり ました。毎年、御主人のジョンさんが仕留めて来るとの事です。 今、アラスカの人々は、夏頃とったサーモンを薫製や、瓶づめにしたのを冬の食料と して食べているようです。 アラスカは、フレッシュな物は凄くおいしいけれど、売ってる加工品は、どれも値段 は日本並み、味は今一つという印象です。 でも、だっちのキョウコさんとこの薫製は、絶品だったな、、、。 夜中、腹が減っているせいか、ついつい、食べ物の話が長くなってしまいました。 >  本屋が有っても日本語の本は無いでしょう。 >  どんな本が欲しいですか。 いっそ古本屋あさりをしてきましょうか。 >  オリコンネットの皆さんも彼等の意向に添う本をお持ちでしたら、贈りま > せんか。 本は、お陰様で、北海道の片岡さんと坂井さんから、面白そうなのが届きましたので 満腹いや、満足です! もし、できれば、、ラーメンがいいです、、。 できれば、、ラーメンの本”ではなく、つくって食べるやつを一人前のパックでいい です。お勧めの味をどなたか贈ってくれたら嬉しいです、、。                              山下健一
 

           散 歩

 

        クリスマスの飾り

 皆さんこんにちは、どんなクリスマスを迎えられましたか?  私達は、皆さんも御存知の様に、今ホームシットで広く暖かく快適な毎日を過ごし ています。初めての日本以外のクリスマス、、たくさんの家がライトアップし(どう かするとし過ぎでは無いかと思いほど)、ツリーの下には沢山のプレゼント(クリス マスの朝まで待って開けるのですね、、、知りませんでした)  12月10日位に、夜留守にして帰ってみると船にプレゼントが、、、次の日は、 夜ノックの音が聞こえたので出てみると、誰もいなくプレゼントが、、、メッセージ が付いていたのですが、誰か分らず学校で先生に聞いてみると、ある教会からだろう という事、そして又次の日の夜もノックが、、、出てみると又誰もいなく、遠くに人 陰が、、、追いかけて「今家にプレゼントを持って来てくれたのか」と聞いてみると 「そうだ」と、、、そしてやはり教会からで、私達は選ばれた家らしく、クリスマス まで12回プレゼントを持って来てくれると言うのです、、、。 (主人は、一番恵まれて無さそうな家が選ばれるのかな..なんていってました。) クリスマスイブまで毎回色々なプレゼントを楽しませて頂きました。そして、毎回ノッ クの音に玄関を出てみると誰も居ないのです。隠れているのかな、、、と思うほど早 くいなくなってしまいます。外は凍っているのでそんなに早くどこかへはいけないと 思うのですが、、、とても不思議でした、、、。  それから23日の夜は、ボートパレードがあり、ライトアップしたボート15艇位 が並んで、港を出て少し沖に出て又港に帰って来ます。これを桟橋や、見晴しの良い 所で沢山の人が見ている、、、と言う感じです。私達は、ケーキで知り合いここラン ゲルで冬をこす様に進めてくれたタグボートの方が帰って来ていて、そのボートもラ イトアップしてパレードに出ると言う事で、一緒に乗せて頂きました。とても綺麗で したよ、、、。  とても楽しいクリスマスを過ごす事が出来ました。                     優子     
 

 

Merry Christmas & A Happy New Year    お陰様で僕達も、アリューシャンの嵐を越え、念願の太平洋を渡り、無事このアラ スカで、クリスマスを迎える事ができました。  こんな僕達を無事通して下さった海の神様と、「行ってこい!」と送りだしてくれ た三倉岳、応援して下さった一人ひとり。本当にありがとうございました。  この先4月迄は、ここランゲルでアラスカの冬を見つめてみますが、その後は引き 続き、航海の目的地である、インサイドパッセージと呼ばれるワイルドな峡水道を、 バンクーバー迄南下する予定です。難所としては、大波による漁船の遭難で悪名高い ディクソン海峡と、急潮の狭い瀬戸の通過だと思います。    (問題なければさらに南下します。)  これからも気を抜かずに頑張りますので、今後とも宜しくお願い致します。  今日は、ゲイリ−・ピーターソンという人のイラストを添付しました。 始めは、そんなに良いとは思わなかったのですが、この風景は、このあたりによくあ る、僕の大好きな辺境の入江の感じそのもので、水の色の、深いスプルースグリーン と、透明とが溶合った感じや、凄みのあるだけの自然だけで無く、そのなかに、動物 の営みと人間の匂いが見えるところが、観光地とは又違う、アラスカの静かな入江を よく表していると思います。 (入江の真中に錨泊してたオリハルコンが出航した一時間後ってこんな感じかも??)  このあたりは、人の暮らしの目と鼻の先に、熊の暮らしがあるのに驚きましたが、 入江の奥には大抵草地があり、草地が海に面しているところでは、このイラストのよ うに、熊が生活しているので、こんな光景と何度も出会う事が出来ました。  そのたびに、ヒマラヤでも、パタゴニアでも無い、憧れのアラスカの只中にいると 実感できて、その日常に、うれしさをかみしめながらの航海でした。  ここからは、氷河こそ、そろそろお別れになるようですが、この世界的フィヨルド 地形はさらにバンクーバー迄続きそうなので、オリハルコンは、このイラストの世界 のさらに奥まで、旅してみる事が出来るかもしれません。  ところで、皆さんはいかがお過ごしでしょうか!? 僕達は、アラスカの初めての冬を、みんな元気に過ごしています。 (子供も、頑張って、学校に行っています!)  真夏のアリュウシャン洋上では、船内で息が白く、とっても寒かったし、氷河 の前も寒かったので、真夏でこれだから、短い夏が終わったら一気に冬が来て、毎 日凍った風が吹きまくって大変、海も凍るだろう、、なんて思っていたので、信じら れない感じでそんなに寒く無い日々過ごしていましたが、やはり、ここはアラスカ! 12/8に、一気に寒くなり、港の海面に氷が張りはじめました。さすがに寒いです! !  もう御存知とは思いますが、ここ迄の航海の模様は、近々?、BS朝日の開局に伴い、 2時間のハイビジョンで、全国放送される事になっています。 そのあと、広島ホームテレビがそれを55分に短縮して、広島エリアで、普通に放送 する予定と聞いていましたが、僕も分りません。  北緯59度を越える、グレーシャーべイの氷河前の帆走も撮影されていたので、 きっと美しい映像もあると思います。是非チェックして、見て頂ければと思います。 では、皆様のご健勝をアラスカよりお祈り致しております! >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> Yamashita Family (Kenichi,Yuko,Yumi,Aoyuki) P.O. Box 1768 Wrangell, AK 99929 U.S.A E-Mail kens-sea@d7.dion.ne.jp 航海最新情報イッシー船長のホームぺ−ジの中に有ります http://mx4.tiki.ne.jp/~kaizoku/   ランゲルで越冬しています!! --------------------
 

    港の海面に張った薄氷を手に持つ優美ちゃん

ランゲルにて

 

12/17着信

 ここも寒くなってきました。 先日8日の朝、学校に行く

のに子供と外に出て見ると、港の中の海水が薄らと凍っ

て いました。「この辺の海は凍らない」と聞いていたので

びっくりです。 そしてその氷は、次の日の朝にはもっと厚

くなり、又次の日も、、、10日は、ネコ くらいなら上を通れ

る様になりました。ハーバーであった方に聞くと、時々15

cm くらいの厚さになる、でもオリハルコンの廻りは大丈

夫だよ、との事でした。 (電気で、船のところだけ、あまり

凍らない様にしているそうです。) 11日には、氷も少し薄

くなったような気がしますが、一気にアラスカらしくなり、

初めて凍った海(?)を見ました。ちなみに10日の日中の

気温は6度、天気晴れです。

 毎週こちらの日曜日に、無線交信させて頂いています

が、先日10日は電波の状態 が悪く、残念ながら交信で

きませんでした。  先日の三倉での忘年会の日以来、テ

レホンカードが使えなくなっています。 実は忘年会の日も、

どうしても電話を、、、と思っていましたので、いつものよう

に 公衆電話に行き、かけたのですがつながらず、通りか

かった方が手伝って下さったの ですがダメで、電話が悪

いのではと、その方が自分の家からかけてみようと言って

下 さり、私のカードと、その方のカードで、試してみました

がダメでした。カードも新 しいのですが、、、。それで持っ

ているコインを集め、少しの時間でも、、と思い電 話させ

て頂きました。次の日、新しくカードを買ったのですが、

それも使えず、時間 が経てば使える様になるかな、、、と

思っていたのですが、まだ使えないようです。  早く使え

る様になると良いのですが、、、。

 梶田先生、1つお願いがあります。 先日、能美校長先

生より優美にプレゼントが届き、お礼の電話をかけようと

思いまし たが、つながらずお礼が言えないままになって

います。梶田先生より、宜しくお伝え 頂けないでしょうか、

お手数をおかけしますが、お願い致します。   それでは、

今日はこの辺で、、、皆さんお体に気を付けられて下さい。   

                      優子

 

10/17   健 一

オリハルコン 山下です。いつもありがとうございます!

> 山男の山澤です。先日10/9中国新聞の朝刊で、一面に
> 大きく大山の三角点ピーク崩落の記事が掲載されました。
> 写真が2枚も使われ、名前や住所も載りました。
> チャンスがあったら見てください

  大山か、、。なつかしいです。中2の頃、初めて兄貴分に、冬の北壁に連れて行って もらい、ルートの中ごろで、逆層の氷った岩場をリ

ードさせられ、必死で登ったのを思い出します。それから、早く一人前のクライマーになりたくて、高校3年まで、冬 の週末や、冬休みは、

ずいぶんお世話になりました。旅費や道具代が追い付かず、片道分の切符しかかえぬまま、ひとり小倉から夜行に飛び乗ったりしたこと

も2回程あっ たかな。壁を登り終え、吹雪で道が分らなくなった時は、着の身着のままのビバーク。 高校の修学旅行をキャンセルして、

新しい登山靴を買ったんだよな、、。色んな思い 出があります。楽しかったな。

> しかし、後で思ったのですが顔写真と嫁さん募集中の記事も
> 載せてもらうことを忘れていましたが、公共の新聞を私物化
> してはいかんと反省する、今日この頃です。

 そうですか。それならば、 その代わりと言ってはなんですが、出航前、山澤さんの写真をある方がとって下さっ てたのを頂いてます。

この場を借りまして、アラスカから皆さんにお届けしましょう! 良いご縁がありますよう、家族で、お祈りしております。  皆さん宜しくお願

い致します

> 優美ちゃんへ、質問があります。
> ランゲルの友達はパソコンゲームをやっているのですか?
> ゲームは日本だけが熱中していることと、思いたいです。

優美は寝ましたので僕が代わりに答えましょう。 学校は、パソコンはかなり進んでいますね。 パソコンルームだけでは無く、かくきょうしつ

に、4だいはせっちしてあり、自分の カリキュラムが済めば、パソコンに向かっているようでした。  ほとんどが、教材ゲームソフトのようで

す。日本と違い、いかに、学ぶことに興味 を持たせるかが大事なポイントのようで、ソフトの研究も盛んなようです。 ちなみに、ここの小学

校は全部マックでした。

> 山下さんへBS朝日からの取材費用が出たことはとても
> 良かったですね。ランゲルの美しい風景などを写真で

はい、お陰さまで、、。船の最低限の改造、装備似思ったよりお金がかかりましたが、 二階堂さんが、ドームを買って下さったお陰でできた

のですが、滞在費は、半年分も無い状態でした。全部が整ってから出ていたら、いつ出れるか分らないので、装備を きちんとしたら、仲間

が集めてくれたカンパを胸に、とにかく出てしまうことは決めていました。出港の半月前でも話が決まらなかったので、無いものとして考え

ていま したが、良かったです。テレビの方も、無理をして出して下さったのではと思います。  みんなに応援してもらった分、素晴らしい体

験を持ち帰りたいです。

> 送ってください。そこに家族の皆さんが写っていると
> とても安心します。

僕の航海中、彼女ができたら、メールで写真を送って下さいね。  では、失礼致します。

>>>>> Yamashita Family (Kenichi,Yuko,Yumi,Aoyuki) P.O. Box 1768 Wrangell, AK 99929 U.S.A E-Mail kens-sea@d7.dion.ne.jp

  ランゲルで越冬しています!! --------------------------------------------------------------------------------

 

10/17   優 子

皆さんこんにちは。 私達は、やっと学校に通いはじめ3週間が経ち、慣れてきて、少し疲れが出てきたか な、、、という感じです。

碧、優美と微熱をだし、1、2日学校を休んでしまいまし た。今はもう元気一杯です!! 

アメリカの学校に通うためには、予防注射をしなけ ればいけないので、先週は、熱をだし出来なかったので、今週から始める予定です。

日本でもいくつか予防注射はしているのですが、アメリカでは、15種類くらいある らしく、まだしていない注射がいくつかあり、それをしない

といけないので、、、。 子供は、少し可哀想ですが、注射をしに通わないといけないようです。 *      *     *     *     *    

 *     *    それから9月30日に送ったメールに、私達のランゲルでの住所を書いたのですが、 まちがえている所がありましたの

で、お知らせさせて頂きます。

P.O. Box 1768 Wrangell.AK 999929 U.S.A と書きましたが、本当は、P.O. Box 1768Wrangell, AK 99929 U.S.Aです。9が一つ多かった

です。 大変申し訳ありませんでした。訂正を宜しくお願い致します。            

    ここランゲルも、少し気温が低くなってきたように思いますが、もしかしたら三倉 の方が寒いかも、、、と思ったりもする今日この頃で

す。相変わらず、雨は毎日のよ うに降っています、、、。雨の日が多いいですが、そんなに降りはひどくないせいか 傘をさして歩いている

人をほとんど見かけません、かえってぜんぜん降っていない時 と同じように、歩いている人の方が多いようです。子供達も、雨の中元気に

走り回っ て遊んでいます。     

それでは、今日はこのへんで、、、。  又皆さんからの、メール、お手紙をお待ちしています。 10月14日午後11時(アラスカ)  優子 

 

10/10   優 美

こんにちは。優美です。  

*中尾先生、梶田先生、お元気ですか?あまりメールがこないから、、、。どんど んメール送ってね。よろしくおねがいします。

* *福山南小学校4年A組皆さん 栗谷小学校4年生の皆さん お元気ですか?皆さんは4年生だけど、アラスカでは、私は5年生です。

ハッキリ言って大変です。でも、お友達ができたので、楽しいです。

え〜と、(女)ハナリー(私のとなりのせきで優しくて、「せ」が高くて、、、。) (女)ケディー(と〜ても明るくて、ふとちょだけど、とっても優しい

んだよ!) (女)コッリア(私くらいの大きさだよ。かわいいよ。) (女)セーラ(少し大きな女の子。まだあまり遊んでないよ。)  (女)アレクサ

ス(去年メキシコからの転校生。とても英語が上手だよ) (女)レッコ(私より小さいよ。まだあまり一緒に遊んでないよ。) (女)アシュトン(私

のたんにんの先生です。お母さんが日本人なんだって。だから少し日本語しゃべれるんだって。私のことほめてくれるよ。)

 男の子の名前はまだ覚えていません。 これは、私のクラスの名前を覚えた人  です。

  「またメール送ってね。バイバイ」                   (「バイバイ」は、英語なんだよ。  だからアメリカ人にも通じるんだよ。)*     

 *石川のおじちゃんのしつもんに答えるね。

1、街には、一つの学校があります。

2、ランゲルの人口は、3000人位と聞いた気がします。  また質問があれば、くださいね。    

   **私のビッグニュース!!**

 10月6日金曜に、初めての英語のスペリングテストがありました。 20個の単語の問題が出てきました。私は100点を取ることができました。

1週間に、20の単語を覚えないといけないので、初めなかなか覚えれず、テストの 前の日にお父さんと一生懸命覚えました。100点が取れ

てとてもうれしかったです。  碧航も、同じ日にみんなの前で、ケンバンハーモニカで、「きらきら星」を吹きま した。アメリカでは「きらきら星」

と同じ曲で、「ABCのうた」などがあります。 上手にできたようです。

   黄瀬邦夫のおじちゃん、はじめまして。山下優美です。 メールありがとうございました。私達も今、言葉はなかなか通じませんが、がんば

っ て学校に通っています。

 又、がんばってメールを書きます。 ではさようなら。

 

10/10  優 子 

石川さん、色々とお世話になります。 優子です。  

ランゲルの学校に通い出してやっと2週間が過ぎ、学校生活にも少し慣れてきたか な、、、と思う今日この頃です。  

優美は、5年生と、英語の初歩の勉強に1年生のクラスに行っています。碧は、1 年生クラスだけいっています。1年生クラスは、1年生

と、年長さんが一緒になった ような感じです。だいたい、主人が優美のクラスに行き、私が碧のクラスに行ってい ます。親も朝一緒に登

校し、お弁当を食べ、一緒に下校しています。親もまた学生に 戻ってしまいました。  アメリカの学校(1年クラス)の私の印象は、、、、。

 まず給食はないので、お弁当をもって行くのですが、スナックタイムというのがあ り、果物、おかしなど好きなものをもって行って(一つ)

10時頃食べ、10分くら いみんな外に出て、運動場に出て遊びます。それからランチタイムのあと15分くら いまたみんな外に出て遊び

ます。(みんな外に出て遊ばないといけないようです) それ以外休み時間らしいものはありません。授業も自分のすることを選べる(先生

が いった中から)授業や、やらなければいけない課題が終わると、絵を書きたい子は絵を、パソコンをしたい子はパソコン(勉強ゲーム)

をしたりしています。

体育の時間 は、あまりありません(今までの2週間で1度だけ、体育館にいきゲームをしました) その代わりにスナックタイムの後と、ラ

ンチタイムの後に外で遊ばないといけないのかも、、、。

秋のランゲルは、雨が多いのですが、雨や風がひどくない日以外はみん な雨の中元気に遊んでいます。  それから、英語はアルファ

ベットの音(発声)の勉強からするようです。日本語は 音というのは、わざわざ勉強しないと思うのですが、、、。  全校300人位の学校

ですが(この街には、一つしかないと思います)、栗谷のよ うな横だけではなく縦の学年とも仲がいい、アットホームな感じがあります。

 アメリカの学校に通うためには、15種類の予防注射をしていないといけないそう なので、優美と碧ももう少ししたら、今までにしていな

い注射をしないといけません。 少し可哀想ですが、、、。

 後で聞いた話ですが、この街は昔、日本人が大きな材木の工場をしていたりしていたこともあり、日本人に対して、とても受け入れて

くれる所があるようです。 初めて学校に行った時、私達は、様子を聞きにという軽い気持ちだったのですが、い つの間にか、「明日から

来なさい」という話になり、こんなに簡単に、通わせてくれていいのだろうか、と驚いたものです。

 学校の室度は、20度に設定されているので、教室の中は、半袖の子、長袖の子、 さまざまで季節感がありません。 洗面所などの手

を洗う水も、お湯が出ます。アラスカは、寒い所なので、寒さに対しての対処は、凄いのでしょうか、、、? 

学校の掃除も、掃除をするおじさんがいるので、生徒はしなくて良いようです。

 ちなみに、主人のランゲルの学校の印象は、、、。 担任の先生(女)の御主人が、気軽に、授業の始まる前の教室に、ときどき個人的

に来て、キスをして、かえって行くのが一番だったようです。

 そうそう!(ここで健一乱入) ほんとにオープンな感じでしたが、先生の仕事(教 育)に関する姿勢は、そんなことが、どうでもよく感じて

しまう程、凄い研究心と自信を感じました。

 それから、子供のおしゃれ! ピアス、ネックレスは当たり前。キューティーハニー が付けているようなレースの首飾りや、パーティー

にでも行くのかというような、ド レスのようなレースの服、、、。  日本でも、髪をよく染めて、茶パツや、金髪にしてる子が多いですが、そ

んなもん じゃありません。優美のクラスなど、生徒のほとんどがパッキン(金髪)の頭で、平然 と、登校しているのです。(あたりまえか)

 それから、暴力と、セックス?に関してはとても敏感なようで、子供が少しでも、 暴力っぽい仕草をしたら、すぐ呼びつけられて、何人

もの先生から、注意を受けてい ますし、僕が、休憩時間に、鉄棒で、ゆうみと逆上がりをしていたら、子供達がよってきて、教えてくれと

いうので、逆上がりの手助けをしていたら、子供の足やお尻に触ると、訴えられて、大変なことになると、後で、真顔で注意され、びっくり。

 この、過剰なまでの意識を裏返せば、エスカレートした時はもの凄いことを物語っているという気がしました。それと、昼飯は弁当持参

なのですが、昼飯に、小さなカップヌードル1個、という子が多く、しかも、ふた口くらい食べて、後はゴミ箱にすてて終わり、、という子の

多いことも驚きでした。育ち盛りの子供なのに、栄養に関して、こんなんでいいのか、、と思わずにいられません。              健一

 

9/30

10/5

 

       海老の炎(10/20)

 珍事という程ではありませんが、先日、オリハルコンのギャレーにも、 真っ赤な、

海老の炎が上がったのでお知らせ致します。

 ここ、インナーハーバーは、人の出入りが少なく、いつも出会うのは、 トーテムの

精霊ぐらいで?、とても静かです。  そのため、いつものように、海をキーワードとし

て、人と知り合う事が少なく、 しかも、ここには、ウニも、サーモンも、カニの姿もな

ぜか無いのです。 今までが、今までだけに、まるでオーケストラの合奏がいきなり

終わった時のような ちょっとそんな心境で、なんとなく寂しくもあります。

  そんな中、僕は、胃と心の空白をうめるべく、漁船の出入りする外側のハーバー

に、 (すぐとなり)一人旅立ったのでした。 これまでの街とちがい、元々、木材の街

だけあって漁師さんや、海の男が少ない感じ で、漁船も、数隻しか泊まっていませ

ん。

 ・・・ピーターズバーグにしても、コディアックにしても、街は小さくても、港に  はい

かにもアメリカ、、という感じの船や、時代を感じさせる、ディザイナブルな  漁船の

出入りがあり、そんな船や、人たちに囲まれて停泊してること事体、楽しく  て、いつ

もなんだかわくわくしていました。 「もうすぐここは海老のシーズンだ。そしたら毎日、

海老で腹一杯になるぜ、、。」 着いた頃、漁師さんに聞かされた言葉も、頭の中に蘇

ります。  小雨の中、「岸壁の母」のような気分で海を見つめていると、小さなモータ

ーボー トが入ってきました。 甲板には、いかにも採れたての、初めて見る、炎のよ

うな、海老の赤い色が沢山見栄 ました。

 「キャン ナイ バイ ユア シュリンプ?」桟橋に着いた船に駆け寄って尋ねる と、

いかついおじさんが「ノー、なんとかかんとか」と、恐い顔でいいます。 どうやら、「俺

はなあ、自分が食べたいから海老をとってるんだ。だから売る海老は 一匹も無いん

だよ。

で、お前、海老が喰いたいのか?うーん、じゃあ、何か入れ物を もってこい!」といっ

ている感じでした。  僕は、やっぱりこのバケツじゃあ、大きいよな、などと女房と相談

して、 中くらいの鍋と、日本の、模様の入った折り紙を持って行きました。 船のおじさ

んは、僕達の鍋を海老で一杯にして、「で、日本から何日くらいかかった んだ?」と言

い、奥から、スーパーの買い物袋2つにどっさり海老を入れてくれ、 「食べきれないよ」

というぼくたちに手渡して、ほんとにグローブのような、分厚く 硬い手で握手をしてくれ

たのでした。  しかし、舞い上がってしまい、聞いたばかりの、おじさんの名前を忘れ

てしまいま した。「よし、シュリンプおじさんと呼ばしてもらおう、」そんな話をしながら、

オ リハルコンに帰りつきました。                      おわり。

 

     

           初めてのハロウインの写真、2枚添付致します。どうぞ見てやってください。 (2000.10/31受信)

 

振り返れば、行かなければ、けして出会う事が無かった海や、人々との時間。

大きな出会い、小さな出会い。  

そんな島を後に帆を揚げて、丸みを帯びた水平線のまん中から見届ける日没。

洋上で出会う波頭の一つ一つ、、。

  グレッシャーベイにて氷河を前に
 

激励旗(栗谷壮行会の時の旗です)

氷河の写真も、近くからと遠くからではやはり雰囲気、

迫力が違いますね。 その違いが良く出ている2枚を選ん

でみました。 グレイシャーベイ、、温度差からなのでしょ

うか、、まるで氷河は送風溝で、 アイスフォールの所だ

け、風が吹きおろす所があり、そこ以外は、 風はクルク

ル廻っているか無風でした。 さすがに、氷河の真ん前に

アンカリングしたら、寒かったです。 大きな大きな冷凍庫

のふたを開け、扇風機で、中の風をこっちに送っているよ

うな、、 そんな寒さでした。

今、ランゲルもようやく少し寒くなりました。

今日、優美の先生の御主人マイクの誘 いで、狩りに連れ

行ってもらいました。 雪を抱いた山頂を越え、大変な1

日でした。 ヘルニアの爆弾を抱え、今いっさい運動をして

いない身だったので、久々の山歩きは ハードでした。  

・・・新しい大きな足跡が雪面にいっぱいありました。

「この足跡は結構でかいな、、」マイクさんもそう言ってま

した。 大袈裟なようですが、僕は小さめのクマかと思った

のですが、狼との事でした。 これ迄、大きなドーベルマン

を育てたり、シェパードを飼った事がありましたが、そ れら

の足跡と比べ、けっこう大きかったもので、、。

(雪の上を歩くので、足が大きいのかも) ちなみに、このあ

たりは山犬はいないそうです。

理由は、山に迷いこんだ犬は狼が食 べるからだそうで

す。

人は襲わないとの事。 ここランゲルは、狼も多いそうで、

狼なんてあっちにもこっちにも、いっぱいいるよ。 と、あっ

ちこっちを指差していました。

・・・アラスカの山にはアラスカの歩き方があるんだな、、。

案内されての山歩きは新鮮で、三倉での12年がアラスカ

の森の中で蘇る感じで、 (特に裏三倉と感じが似ていた)

曙光の山並と、中腹の凍結したふかいスプルースの森

が、いかにもアラスカという感じでした...。

 

「青い絶壁の入江」

 

風の島へ

 これは、ダッチハーバー入港の日の写真です。

アリュウシャンの名物は、、なんと言っても突風でしょ

う、、。 でも、長続きしないので、波が山の様にはなり

にくいようですが、 その風の強さは半端ではありませ

ん。  夢にまでみたダッチハーバーでしたが、前日は、

ヒーブ−ツーで一晩流して過ごし、 その日は、忘れも

しない、これ迄最高の突風に吹かれました。  それ迄

も、3pにリーフしたメイン一枚でブローが入ったらきつ

かったので、真追 い風の中、4pにして走ってたのです

が、波の無い島影を走っていたら風が廻りこみ、 崖と

平行に、ジェット機のような音を立てて15秒から1分くら

い、何度か吹いた のです。  丁度、デッキワークをひと

まず終えてキャビンに下りた時、吹かれた最後のが一番

長く、凄かったのですが、その風の中、オートパイロット

がバランスを取ってくれた のも凄かったです。  偶然よ

いバランスで勝手に船がエクストリームに走っていると

いった感じでした。  ブローの間、ハッチをロックして...、

マストは心配だったけど、倒れても 真横迄と覚悟を決め

て?女房と2人、小さなキャビンの窓から、吹き飛ばされ

た波頭 が、真横に巻あがる海水の雨の透明と、海面の

白い世界の中を走っているこの現実を、 ぼう然と眺めて

いました。  船は追い風に乗り、トップスピードで走って

いるのに、追いこして行く風は、昨年 港の中で迎えた台

風と同じくらいに感じた、、と言っても言い過ぎでないよう

な、、。  雨でもないのに、暴風雨の様に、船体を包むし

ぶきの中を走った思い出は、記憶が 消えて、印象だけが

残りそうな、そんな気がしたりしています。   そんな、巨

大な洗車マシーンのような風の挨拶も終わり、最後の岬を

廻りこんだら、、、風景も空気もがらりと変わり、パンダ模

様のイシイルカの出迎え も受けながら、小さなセールのま

まエンジンをかけて、天然の大きな湾の中へ進んで いき

ました。  湾の奥の低い山に陽がさして、緑が目にしみた

のを覚えています。

 

ガラスのお城

ほんとは、氷のブルーが、とても綺麗だったのですが、

色が出ていなくて、残念です。 惜しいので、あえて登場

させました。想像をプラスして見て頂ければ幸いです。

 これは、トレーシーアームという所の流氷なのですが、

ここの氷河の氷は、他より 青いのです。この写真の氷

は大きくありませんが、、、  この水路の入り口の入江

にアンカリングして二日過ごした時、朝起きると入江の周

りの風景が変わっていました。  向こう岸まで見渡せて

いたのが、対岸との間に、いくつか、大きい物は、家2〜3

軒はありそうな氷が、対岸との間に見えるのです。   

 それはかなりの存在感で、風が入江の奥に吹いてきた

ら、よる、気がつけば、あん なのがうちの船に接舷”してた

、、なんてならないよな、、なんて心配しましたが、 入江の

水深は6〜10メートルなので、途中で引っかかてくれるか

ら大丈夫だろうと 気を落ち着かせましたが、時々気になっ

て外をライトで照らしたものでした。