Part3 バンクーバー&ビクトリア

6日目

カナダプレイスとクルーズ船

ックツアー最後の日は、カナダの西のゲートタウンであるバンクーバーで迎えた。午後から生憎の雨が町に舞った。カナデイアンロッキーを越えれば、がらっと変った天気に戸惑う。組み込まれていたバンクーバー半日観光は、ワンボックスカーに乗せられてお決まりのルートを駆け足で回る。クィーンエリザベス公園とダウンタウンとスタンレーパークを最後にホテルにチエックイン。これより離団して完全一人旅である。そぼ降る雨の中をかさもささずにヨットパーカーのフードを被って夕暮れのウオーターフロントに足を向けた。1986年のバンクーバー万博カナダ館をそのまま使った国際会議場・カナダプレイス・サイドをまさに離れんとする巨大船はアラスカまでのインサイドパッセージ一週間の旅のクルーズ船である。
    ”船は出て行く 汽笛は残る 連れて行ってよ 未練船”
 ジャケットから滲み通ってくる雨の冷たさに我に返った。ホテルのフロントデスクの日本人スタッフSAWAちゃんが教えてくれたウオーターフロントのレストランを探す。あの娘の一言で今日の夕食は決まったようなものだ。
「ヨットクラブマリンパブ”Cardero”のサーモンも美味しいわよ」


7日目

悠然と走る豪華スクーナー

に〜CITY BUSはストライキ中じゃと〜」
  ビクトリアへ移動するのに足が無くなった。タクシーは金がかかり過ぎる。日本人現地係員が勧めた昼食付きビクトリア一日観光は160ドル(14000円)。移動だけに利用するにはちと高い。部屋からの間違い電話が奇縁で知りあったSAWAちゃんが知恵を貸してくれた案は、PCLバスの利用である。予約しておくとホテルまでピックアップに来てくれると言うから何とも嬉しい。しかもフエリー込みでビクトリアまで約31ドル(2790円)だと言うから安い。
 気を良くして乗り込んだBCフェリーでバンクーバーとバンクーバー島間に横たわるジョージア海峡を渡る。すれ違うヨットはいずれも垂涎の的とも言える豪華ヨットである。写真の豪華スクーナーは新艇なら、1億円前後はするだろう。いよいよヨットの本場へ来たな・・・と興奮する。
 

海辺に迫る別荘群

て、ここバンクーバー島での目的は、ビクトリアで再会を約束していたヨット・オリハルコン号山下ファミリーと合流する事である。2000年6月、広島から太平洋を横断して一路アラスカへ辿り着き、半年の越冬の後、バンクーバーへ南下して来た 大竹市(広島県)のヨット・オリハルコン号は一足先にビクトリア入りして私を待っている筈だ。 狭い海峡に入ると海辺、崖っ淵の至るところに別荘が建ち、中にはプライベートな自家用桟橋まで設置した家もある。この現象は実は環境破壊等の問題を惹起しているのだが・・・・。ここでは、鮭の回遊、イルカやオルカ、鯨まで時として見ることが出来る。奥さん本宅、愛人別宅、別宅の前には豪華なヨット・・・・私、これ以上贅沢は言いません。

 

エンプレスホテルとマリーナ

ンプレスホテルはインナーバーバーを見下ろす最高のロケーションにある高級ホテルだ。ロビーホールやラウンジは優雅そのものである。1階のラウンジでは19世紀から続く英国伝統の午後のティーブレークやアフタヌーンティーを楽しめる。
  その前に係留して私の到着を待っていてくれたオリハルコン号が手前に見える。はるか太平洋を横断して、アラスカのグレッシャーベイ氷河を水上から楽しみ、ランゲル島で半年間越冬した野生を秘めたヨットである。景観的には、ここに係留する栄光は捨てがたい物があるが、多くの観光客の目に晒されるとプライバシーは守れないから考え物だ。

 

マリーナと州議事堂遠景

リーナとウオーターフロントを睥睨する対岸の青銅ドーム屋根の建物は、1916年に完成した州議事堂である。
 ウオーターフロントでは、大道芸人が立ち代り芸を披露する。同じ人が同じ場所を長時間占有していないところを見ると、市当局との間に何か約束事が交わされているのだろう。
  20人乗れば一杯になるダブルエンダーのビクトリア・ハーバー・フェリーという小型のポンポン船がインナーハーバー10箇所のポイントを結んで人を運び、あるいは遊覧している。日本では小型船舶検査機構が定員オーバーで許可しないであろうと思われるボートだが、堂々と商用に使用されているのを見るに付け、彼我の国情の違いを考えてしまう。驚いた事に、日本では厳しい水域規制が敷かれるところだが、この同じ水域を水上飛行機も共用している。港へヨットが入っていくと、急に建造物の陰から水上飛行機が飛びあがってくる。お互いに右側航行のルールを守るという信頼関係があるからこそ成り立つ、水域共用なのだと解釈する。大人だなぁ。日本では、官憲がいちいち口出しして、飛行機のキャプテンも船のキャプテンも子供扱い、下々の者扱いにされてしまう。

 

夜空に浮かぶ州議事堂イルミネーショ

こにもデイズにーランド?
 3000個のイルミネーションで輝くお城のような建物は、州議事堂である。ビクトリア女王の銅像が建ち、青銅のドーム屋根の頂きからはバンクーバー島の発見者・ジョージ・バンクーバーが港を見下ろしている。夜のウオーターの心憎い演出である。
 ここインナーハーバー周辺には、ビクトリア発祥の地バスチョン・スクエアーやショツピング、レストラン街があり、南側にはロイヤル・ブリティツシュ・ロンビア博物館などがあるヘリテージ・コートとなっている。
 昼間、 水銀灯のポールを見ると、必ずと言って良いほどフラワーバスケツトが設置してある。この光景はヨットハーバーでも同様に見ることが出来る。よく見ると造花では無く生花である。高い所なのでどうやって水をやるのか不思議に思っていたら、なんと注水用の細いチューブがリードしてあつて、遠隔操作で注水していた。


8日目

シドニーマリーナの入り口

ドニーマリーナの入り口に当たる所だが、右に管理事務所と左にマリングッズの店があり、テンダー(足船)がデザイン良く飾ってあった。デイスプレイが粋だと、つい衝動買いしてしまう。
 
私はここの公衆電話でサンファン島へ行く前に友人に連絡をとって出迎えを頼もうと考えた。ところが何度チャレンジしても上手く掛からない。ハーバーマスターに使い方を聞いてみると、事務所のを使えと言ってくれて、相手を呼び出してくれた。次回も掛け方を忘れた振りしてマスターに相談すると、相手を呼び出してくれた。
 ある時は 「電話を掛けたいのでコインを両替してくれないか?」「うちの電話を使え」何事も相談はしてみる物だ・・。
 マリーナへ入港すると、カスタムと書いた桟橋があり、柱には電話が取り付けてある。ここから税関、入管へ連絡をするシステムになっている。
 一日3000円ほどの出費は安くは無いが、暫く滞在して人々と親しくなると、オーナーのヨットが留守をして空いているバースをハーバーマスターの裁量で只で貸してもらった。外国からはるばるやってきたヨットには、敬意をはらって居るようだ。さて、ここで受けた親切は、帰国後の日本へ訪ねてきた外国のヨットに返してやれば、恩返しになるのだと昔シスコで出会ったヨットマンに教えられた。

 

シドニーマリーナ

立するマストと言う表現にピッタリのシドニーマリーナの光景。
環境と雰囲気の良いここでは、ビジターは一日3000円程係留料がかかる。
 ハーバーでは、ロングな航海と言う作品の数が羽振りを利かす。
 太平洋、大西洋 、地中海、インド洋、カリブ海クルージングの一つや二つは体験していないと肩身が狭い。
  聞く所によると8月半ばにちょいとメキシコへ行こうと意気投合したヨットが15隻もいるそうだ。唖然とする。ちなみにこのマリーナには約1000隻のヨットやモータークルーザーがある。ウィークデーの日中は、さすがに若者は仕事があるので、ここでは見かけないが、シニアーオーナー達は、乗らないでも掃除に、ニスの塗りにやってくる。彼らとはヨット語で話し掛けるとすぐ友達になれるのも嬉しい。

 

山下親子と白鳥

 シドニーマリーナには、白鳥の親子が住んでいる。
  山下さん親子が桟橋から白鳥にパンクズを差し出している光景は微笑ましい。ここでも白鳥やカモメは人を恐れない。私や山下さんは借金鳥は恐れないのだが・・・・・・・・・・・。
  さて、山下一家の長女は小学5年生、長男は小学1年生であるが、これはアラスカで9月(米国の新学期)に日本より半年早い昇級を果たしている。アリスカでは、地元の人の尽力で、地元の小学校へ編入が許され、読めないアルファベットの教科書では苦労したようだが、二人とも国際的になり、逞しい面構えになっていた。

 

山下ファミリーとヨット・オリハルコン号

メリカ領サンファン島で入国拒否されて再び帰ってきたカナダ領シドニーマリーナの桟橋でヨット・オリハルコン号と山下ファミリーを撮る。一般旅行者である私も一蓮托生。同乗しているので、お前も一緒に帰れと追い立てられて帰ってきた。
  異国の地でソーメンを昼食に頂いたが、これまた乙なものである。さて、空腹を満たせば冷静さが戻ってくる。昨日はカナダから出て、アメリカで入国拒否にあい、再びカナダ側へ帰ってきた空振りの一日だったのだが、考えてみるとおかしな行動をしていた。カナダの出国手続きをしていなかったのだ。瀬戸内海のような海域なので、うっかり国境を意識していなかったのが原因だ。アメリカ入国の手続きは、到着してから税関や入管へ行けば簡単に済む筈だったが・・・・・・・・・・。
 どうやら入国拒否の原因は、オリハルコン号山下一家のアラスカでのオーバーステイにあるらしい。
 私を巻き込んだ米国入国拒否事件には、山下さんは大変恐縮していたが、気にすることはない。フェリーで行く方法もあることが判明したので、今日午後のアメリカ行き便でサンファン島へ行くことに腹をくくった。
 バンクーバー島のシドニーを出るとすぐ米国との国境である。このフェリーボートは対岸の米国アナコートまで行く。その途中立ち寄るのが、友人のヨットマンが住むサンフアン島なのだ。
 
このカーフェリーボートの時刻表を除いてみようか・・・・。 おっ、動力船でも時刻表と言わず「sailing schedule」と言うのが粋だねぇ。