初日
今年の日本は例年に無く猛暑が続く。熱風が吹きつける関空をエアーカナダ3036便は、日本時間7月22日17時にバンクーバーへ向けて離陸した。
これより一週間はパックツアーであり、その後の一週間は離団して完全フリーの一人旅である。
カナダ東部のトロント、ナイアガラ滝の見物を皮切りに、西部のカルガリー、バンフ、レイクルイーズでカナディアンロッキーを堪能する。その後バンクーバーへ帰ってきて離団する。そこからがシナリオの無い物語である。一週間を利用してバンクーバー周辺で3組のヨットマ
ンを訪ねる完全な自由一人旅である。
「一人でも参加できます」という甘言にのり、申し込んだあとで読むパンフレットの隅には「ただし追加料金が必要になります」と申し訳なさそうに細くひっそりと記されてあった。酒もタバコも女も止めれば何がしかの金は溜まるが、3組の友人のヨットがバンクーバー周辺に集まる確率は限りなくゼロに近い。だから今回はチャンスである。 チャンスには敏なれ、行動は貪欲たれと虚空を掴んでただ一人旅に出た。
いみじくもスペインで友人が私の痛いところを突いて言い放った。
「自ら動こうとしないと何も起こらないよ」
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国際線では食事タイムに出されるビールもワインも只である。
全てが只で配られると思い込んだことが後に椿事を引き起こした。
バンクーバーで国際線から国内線に乗り換えてトロントまで向かう機内での事だ。
ビール(kokanee)を頼んだら、5ドル払えと言う。 乗り換えの時間が短かったのでカナダドルへの両替えをしていない。
困っていると、隣の若者が奢ってくれた。
日本がカナダに借りを作ったような気がして心苦しい。
別れる時に機転をきかして、扇子を一本プレゼントした。 心の中ではその若者に手を合わせて叫んでいた。「ごめん、これは100円ショップの・・・・」
感謝の気持ちに笑みを添えて私は言った。
「これは、ビールのお礼に対する日本のお金だ」
若者はそれを理解してくれた。
刹那、ニコッとして片目を瞑った。
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2日目
ナイアガラフォールズに近づいてガイドは小休止に車を止めてくれた。ここは何とか幸せ村だと言った。瀟洒な建物の残る綺麗な町である。端から端まで歩いても10分だと言うこの町では、早く端まで行き着かないように観光客はのんびりと足を運ぶ。勿論歳のせいでもあるのだが、彼らは急ぐ事を知らない。私はビールの買出しの為に立ち寄ってもらったのだが、アイスワインとかがこの町の名産であると言う。滅茶苦茶甘いワインだと言うので日本のポートワインを思い出して買うのを止めた。地震でもあったら皆倒れて割れてしまいそうな細長いビンで売っているが、少ない量の割には結構高い。
飛行機の中で飲んだコカニービールを探したが「無い」と店の人は言った。各州にはそれぞれのビールがあり、ケベック州には「ラ・ファン・デュ・モンド」がある。ノバスコシアの「スクーナー」は海好き船好きには気になるネーミングだ。ちなみに「コカニー」はBC洲の特産だ。
ところでこの町を始めに随所で目撃することになるのだが、街頭のポールなどにフラワーバスケットがぶら下げてあり、数種の花が町を飾り、景観に彩りを添えてくれる。管理も大変だろうが実に良いアイデアである。しかし、気になる事だが、生花だというのにそれに水を注いでいる光景を目にしたことが無い。これのカラクリは、後にヨットハーバーで氷解するのだが・・・・。
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この町には日本のように矢鱈ガードレールも宣伝用のネオンも看板も無い。プロムナードの要所に宣伝用の掲示板なのであろうか、こんな造営物があつた。。近づいてみると、むしろ小さな張り紙がピンで留めてあり、町民の伝言版のような使われ方をしている。
猫をあげます。犬を下さい。ボート売ります。家も売ります。女房を交換しましょう。(これは冗談)そこかしこに自由の履き違えをして他より大きく、他より高く、他より派手に、看板の上に更に看板を掲げているわが国に似た光景は見られない。
道路標識にしてからが然り。矢鱈多い道路標識が行き先を見まちがえる原因になると言う皮肉な現象は、金輪際ここでは起こりえない。
いかにも景観の保護に力を入れているかが偲ばれる。
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「霧の乙女号」に乗り込む前にブルーの薄いビニール製カッパを受け取って着用する。胸に大きくMAID of the MISTと印刷されていて、使用後はお土産に持ち帰っても良いと言う。乗る船は「霧の乙女号」かは知らないが、このカッパには「霧の家政婦」と書いてあるではないか。乙女ならMAIDENだろうと変な事にこだわりながら乗り込んだ。胸のプリントはさらに語る。どうやら1846年からこのクルーズは始まったらしい。
滝に近づいていくと霧の状態からやがては小雨程度の水滴にさらされる。風向きによってはその飛沫がもろにかかる。こんな事に嬌声を上げてハシャグ姿に国境は無い。
ハリウッドの喜劇俳優のような風貌のおじさんがカッパのフードを被ら無いでの姿を滝を背景にカメラに納まろうとして大粒の飛まつを頭から被った。
「ひゃー、びしょ濡れじゃ!」とおどけて見せるから、私もおどけて言ってやった。 ジンジャーエールの「カナダドライ」を引っ掛けて「これはカナダウエットだ!」
一寸だけおっちゃんが笑ってくれた。
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トロントのハーバーフロントをブラブラしていると目の当たりに向こう岸が見える。一瞬湖の対岸かと思ったが、けっしてオンタリオ湖の対岸では無い。なにしろ、このトロントが面しているオンタリオ湖は日本の四国くらいの広さがあると言うから湖の対岸ではけっして無い。では何だろうと地図を出してみるとトロント島と書いてあった。
この水路を老人いやシニアが一人乗ったヨットが岸壁に近づいてきた。よく見ると二本のマストがデッキの上に倒してあった。進水したヨットにこれからマストを立てるのか・・・・と思いつつ聞いてみた。
「ああ、橋が邪魔になるから倒しているのだ」。
何処から来たかと聞くと「ニューヨークから来た」と言った。その瞬間に私には事の事情が飲み込めた。ヨーロッパではつとに有名で、北海から地中海まで運河の旅をしながら大陸を縦断出来る。
ニューヨークからハドソン川を遡る運河がある。このナイアガラ半島にはオンタリオ湖とエリー湖を結ぶウエランド運河があり、8箇所の閘門を開け閉めし、99mの高度差をクリアーしながら遡ってくるのである。当然途中には数箇所の橋がある。橋が邪魔になるとは面白い表現だが実際はヨットが橋下を潜る時マストが邪魔になるのだ。
閘門は夜は稼動しないだろうからニューヨークからトロントまで数日を要して一人で旅をしてきたのだ。浮かぶ家を操りながら、のんびりと五大湖の旅を楽しむのだと言うシニアの顔は屈託無く、若者のように明るくそして自信に満ちていた。
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世界一の高さ(553.33m)を誇るCNタワーの展望台から俯瞰すると対岸のトロント島の奥行きが良くわかる。今まさに帆船がローカル空港との間のパスを通過して港へ入ってきた。
ビル群の下のハーバーフロントはヨットハーバーやレストラン、パフォーマンス広場やサンセットクルージングの船着場である。
写っている所はトロント島の西部にあるHanlan’s Point 地区で、この飛行場は自家用飛行機の飛行場とかで、小型機の発着が見られる。
ナイアガラの滝はこの地より右、つまり南に100Kmほどのところにあるので、流れの影響は少ない。 市民はカヌーやヨットを時間でチャーターしてこの水域を楽しんでいる。
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世界一の高さを誇るCN(canada naional railwayの略)タワーや世界ではじめて開閉する屋根方式を導入したスカイドームやノッポビルを夕暮れの湖上から眺める。夕日は景色を最高に演出する。一人旅のやるせないサンセット時である。
夕食後のハーバークルーズに出ると、約15分程で対岸のトロント島へ着く。そこでUターンしながら一時間ほどのハーバー周遊を楽しませてくれる。
トロント島というのがまた素晴らしいレクリェーションの公園を兼ね備えているし、ヨットやボートを桟橋に横付けして週末を楽しむ事も出来る。
この島は公園やビーチのあるCentre Island と 約600人が居住するWard’s Island そして 自家用飛行機がひっきりなしに離発着する Hanlan’s Point の3地区に分かれている。
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トロント島のトロント・アイランド・マリーの夕暮れ時。ここはレクレーション地区。無数のヨットが契約係留ないしは一時停泊している。デッキサイドの手すりには、バーベキューセット鍋が固定してあり、そこかしこのヨットのキャビンにはライトが灯り始める。上陸すると芝生が植えられ良く整備されたキャンブ場もサイクリングロードも完備されている。ビーチや小さな遊園地もあって、家族連れでも楽しめるという憩いの島になっている。
この国は、街づくりとかハーバーフロントの整備が実に上手い。高層のビル群を抜けるとハーバーフロント水と広がりがあり、ヨットのマストが島の樹木と高さを競っている。ヨット乗りにとっては、たまらない魅力の環境と言える。
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面妖な物を見た。
トロントのハーバーフロントにある、ハーバークルーズの船乗り場の前である。路面に埋め込まれた真鍮製の魚のオブジェである。
マンホールの丸い鉄製の蓋にその土地の特産品や市のマークをマーキングした物は多々あるが、このような物を見るのは私は初てである。
予算を消化しきる方策として会計年度末に矢鱈掘り起こす日本の道路事情ではこのような物をはめ込むことは無駄を絵に書いたようなものであるが、ここでは足元にも粋を感じる。 冬には一面氷の下になるプロムナードにもユーモアを見た。
おっちゃんを捕まえて冗談に聞いてみた。
「こんなところに魚を転がしておくと早く傷むのでは無いか?」
おっちゃんが冗談を返した。
「なーに、冬には氷詰めになるさ」
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